【体験談】24時間「先生」でいないといけないと思っていた

Twitterで、チクリと心に刺さったツイートがあった。

私は、正直そんなに品行方正なわけではないから、こんな教え、守れてはいなかった。

だけど、年次研修に行けば「周りから見られている」と教えられ、

朝の打ち合わせでは教員の不祥事を報道する新聞記事が配布され、

テレビを見れば些細なことで実名報道され、

ああ、校外でも『先生』でいないといけないんだな」と感じていた。

退社をすれば1個人になれる他業種の人が羨ましいと思ったこともあった。

これは誰の役にも立たない記事になると思うけれど、それでも話したいと思う。

教職時代の話

男の子と一緒に帰っていただけで3日後には周知の事実となっているような田舎で育ったので

私はもともと周りの目を気にする質だったという自覚はある。

田舎の主婦ネットワークの気持ち悪さが大っ嫌いだったから地元を離れていた部分もある。

だから、教員になったとき、「噂されるようなことを見られたら終わり」だと思っていた。

それに冒頭で話したような出来事が加わり、

私は「先生」という生き物だから人権はないんだと思っていた。

近所で買い物をするだけでも、周りの目を気にしないといけなかった。

専門科目の関係で大学時代の友人関係は男性が多いのだが、

友人と遊ぶだけでも周りの目が気になって落ち着かなかった。

どこに行っても学校関係者がいるんじゃないかと気は休まらなかった。

だから、自然と人通りの少ない時間や遠方、ネットの世界が居場所になっていた。

まあ、ほとんど家か学校にいる生活だったので

この居心地の悪さは離職の直接的な原因ではないけれど、

じわじわとメンタルが削られていた自覚はある。

例えるなら、ゲームの毒状態みたいな感じかな。

息苦しさみたいなものはずっと感じていたから、

同じように周りの目を気にする性格の人は気をつけてほしい。

高校教員をやっている友人の話

よく遊ぶ友人に高校の教員をやっている人がいるのだが、

その友人を含む数名でGWに集まって遊んだ数日後、怖い話を聞いた。

先ほど男性の友人が多いと話したが、その時も男女混ざって近所の回転寿司に行き、

私達は久しぶりに会った気心の知れた仲間で楽しく食事をしていた。

だけど、店内に友人の学校の生徒がいたようで、

連休明けに学校に行くと、「これ、先生でしょ!」と言って写真を見せられたらしい。

その子に悪意はなく、友人が慕われているだけなのもわかっている。

だけど、友人の勤務校はその時集まった地域ではない。隣の市だ。

私はその話を聞いて、下手な怪談話よりも背筋が凍った。

特に田舎なら休日に行く場所は限られてくる。

自分のプライベートをいつどこで観察されているかわからないって、恐怖だった。

自分を知っている目は永遠に増えていく

また、とても当たり前のことなのだが、勤務年数と比例して自分を知っている人の数は増えていく

子どもや保護者にとって、先生という存在は卒業しても「先生」なのだ。

仕事帰りに運転していたら、

交差点ですれ違った子たちに「あ!咲月先生だ!」と叫ばれたことがある。

休日に近所を散歩をしていたら、「咲月先生?」と声をかけられたこともある。

どちらも、勤務校のある学区外の体験だ。

卒業した子たちの行動範囲は広い

もちろん、卒業しても覚えてくれているのはとても嬉しいし、

その時の反応が好意的なものなのもとても嬉しい。その気持ちに嘘はない。

だけど、同時に「どこに行っても私が先生だと知っている人がいる」という気持ちが強まる。

気にしたら負けなんだろうし、私が気にしすぎなだけなんだと思う。

だけど、教員になって1年目の研修でくり返されるのだ。

「周りの人は見ていますよ。教員としての自覚を持ってください」と。

飲み会の話

また、職場の飲み会も、友人との飲み会も、ほとんどが同業者だ。

同業者が集まれば自然と仕事の話になるが、私はいつも気が気ではなかった。

守秘義務に触れない話であっても、第三者に会話を聞かれるのが怖かったからだ。

お酒は楽しく飲みたいし、羽目を外したくなることもある。

だけど、会話の端々にまざる教員特有の単語(例えば、テストとか授業とか)は、

他の専門職と違って「学校関係者」だと誰にでもわかってしまう

下手に愚痴や弱音を吐きだしたらどう思われてしまうのだろうか。

「○○駅の居酒屋で学校の先生っぽい人がこんなことを言っていた」

なんて言われでもしたら、すぐに特定されてしまう。

気にしない人の方が多いから、私はいつも他のお客さんに聞こえていないか怖くなる。

近くに人がいるときには職種がバレないように言い換えて会話をする。

プライベートな時間でも、友だちに愚痴も言えないのは苦しかった。

気にしすぎだと言われればそれまでだけど…

プライベートでも、子どもに出会ってしまえば「先生」になってしまうのが教師だと思う。

仕事大好き人間が異常に多い業界だし、そもそも真面目なタイプが多い。

昔よりも「先生」というものはあくまで職業の1つだと考える人も増えたと思う。

だけど、やっぱり

「先生なのにこんなことを」という気持ちは持っている人は少なくないんじゃないだろうか。

教員に残業代がないのも、公私の境目が曖昧だからだと聞いたことがある。

戦線離脱した私の言葉にどれほど説得力があるのかはわからないし、

私の話を被害妄想だと思う人もいると思う。

だけど、私と同じように感じている人が、少しでも生きやすい世の中になってほしい。

私は辞めてしまったけれど、今も仕事が嫌いになったわけではない。

だからオンライン家庭教師という形で私は今も他者と関わっている。

咲月
咲月

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

他の記事も読んでくれると嬉しいです。

お仕事のご依頼もお待ちしております。

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