新型コロナウイルスの感染拡大は学校にも多大な影響を与えています。
突然休校になったと思ったら、未就学児の重篤化も報道される中の学校再開。
文部科学省はHPで「新型コロナウイルスに関連した感染症対策に関する対応について」という緊急のお知らせを掲載しています。
このお知らせの中の「学校再開に関するQ&A(子供たち、保護者、一般の方へ)」に、以下のような項目があります。
問7 臨時休業を行うことで子供たちの学習に遅れが生じることが心配ですが、どのような対策がとられていますか。
A 子供たちの学習に著しい遅れが生じることのないよう、学校や教育委員会において、可能な限り、家庭学習を適切に課したり、補充のための授業を行ったりするなどの必要な措置を講じています。
文部科学省としては、自宅等で安心して活用できる教材や動画等を紹介する「子供の学び応援サイト」を文部科学省ホームページに開設していますので、ぜひご覧ください。
(参考)子供の学び応援サイト
https://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/gakusyushien/index_00001.htm
なお、子供たちの各学年の課程の修了又は卒業の認定に当たっては弾力的に対処し、子供たちの進級や進学などに不利益が生じないよう配慮することを、学校や教育委員会にお願いしています。
文部科学省HP
この対策のひとつとして話題に上ったのが、「オンライン授業」です。
大手予備校など昔からサテライト(衛星)授業を行っていますし、放送大学のように講義をWeb視聴できるものも普及してきており、映像で授業、というのはイメージがしやすい時代だと思います。
実際に、塾や他国、一部自治体や大学などではオンライン授業が行われ、オンラインで出席確認やHRを行っている話も目にします。
ですが、日本の多くの自治体、特に公立学校では中々導入されず、

どうして日本はオンライン授業が始まらないの?
という声も少なからず目にします。
この疑問に対し、元教員という立場から、私的な見解ですがまとめてみました。
前提として…個人的に導入は賛成です。
「オンライン授業」ができる環境が各校に備わることは、大賛成です。
私自身、教職を辞めてオンラインで家庭教師を始めるぐらいなので、オンラインで授業が配信できることにメリットを感じます。
ただ、同じぐらい、日本で新型コロナウイルス対策のために今すぐやるのは難しいと感じています。
オンライン授業を、授業の動画配信と仮定して考えていきます。
公立の小学校、中学校、特別支援学校のそれぞれと実際に関わった経験をもとにオンラインのメリット・デメリットだと思うことは以下の通りです。
オンライン授業のメリット
まず、思いつくメリットを紹介したいと思います。
非常時の授業数確保がしやすくなる
今回のような大規模な感染症だけでなく、台風や大雪などの自然災害、インフルエンザによる学級・学年閉鎖など、学校は授業数の確保に毎年苦労しています。
第五十一条 小学校(第五十二条の二第二項に規定する中学校連携型小学校及び第七十九条の九第二項に規定する中学校併設型小学校を除く。)の各学年における各教科、道徳、外国語活動、総合的な学習の時間及び特別活動のそれぞれの授業時数並びに各学年におけるこれらの総授業時数は、別表第一に定める授業時数を標準とする。
第七十三条 中学校(併設型中学校、第七十四条の二第二項に規定する小学校連携型中学校、第七十五条第二項に規定する連携型中学校及び第七十九条の九第二項に規定する小学校併設型中学校を除く。)の各学年における各教科、道徳、総合的な学習の時間及び特別活動のそれぞれの授業時数並びに各学年におけるこれらの総授業時数は、別表第二に定める授業時数を標準とする。
学校教育法施行規則
とってもざっくりいうと「授業数と時間は標準時間を満たしてね」ということで、学期によって時間割が変わるのは、この調整のためです。
天候なり感染症なり、登校することに危険が伴う場合、家庭で授業を受けられるオンライン授業はこの対策として有効だと思います。
学習の機会が増える
学校には、様々な理由で教室で授業を受けることが困難な児童生徒がいます。
そういった児童生徒に対し、教室以外でクラスメートと同じ授業が受けられるというのはとても大切なことです。
不登校や別室授業になっている児童生徒が、クラスメートと同じ授業内容がわかることが自信になって教室復帰した例も見ました。
学ぶ意思があるのに教室にいけなくて学習が遅れてしまっている場合、とても意味のあるシステムだと思います。
不登校、別室登校だけでなく、入院していたり、特別な支援を必要としていたりする場合にも有効だと思います。
同じ授業を繰り返し受けることができる
集団授業には習熟度に差があっても同じペースで進んでしまうというデメリットがありますが、オンライン授業はくり返し見て理解できるまで復習することができます。
また、体調不良や家庭の事情で欠席してしまった日の授業でも、クラスメートと同じものを受けることができます。
現状はノートを借りたりプリントをもらったりして対応していますが、ノートに残らない口頭の情報なども授業に含まれますので、そういった情報を平等に得られるというメリットが考えられます。
これらは学力向上に直結するメリットだと思います。
教員の授業数減につながる
これは、教科担任制をとっている場合のメリットですね。
教員の多忙さは身をもって身をもって感じていますが、オンライン授業はその対策になることもあると思います。
小規模校では効果が少ないと思いますが、例えば学年4クラス並行であれば、単純に考えて各教科の授業時数は1/4になります。
教員数を増やさなくても各教員が使える時間が増え、現状サービス残業で定時後や休日に行っている教材研究や事務作業の中で勤務時間内にできるものが増えると思います。
教員に物理的な余裕ができることは教育の質の向上にもつながり、最終的には指導を受ける児童生徒のメリットになります。
教員の指導力の向上につながる
特に若手の教員にとって、良い機会になると思います。
中々自分の授業を客観視する機会ってありませんし、自分の授業で手いっぱいで他の教員の授業を見学したくても難しいことも多いです。
オンライン授業で授業が動画になれば、これらの機会も得やすくなります。
また、過年度に別の教員が授業をしていた場合、どのように教えていたのか知ることができると、指導の継続性も意識できると思います。
よりよい授業を受けられる可能性が増える、というのは児童生徒にとって大きなメリットではないでしょうか。
オンライン授業のデメリット(課題)
メリットに対してデメリットはどのようなものがあるのか。
正確には、今現在の学校環境ではデメリットとなっている課題をまとめていきます。
(埼玉県の公立学校で勤務して感じた範囲です。地域差はあると思います)
金銭的な負担が大きい
公立学校ということを考えると、1番大きい課題はこれではないかな、と思います。
これは、学校サイド・家庭サイドどちらにも関係する問題です。
学校サイド
正直な話、全教員が動画を撮って編集してアップロードするだけの設備をそろえるお金がありません。
まず動画を撮る機材。圧倒的に個数が足りません。
指導に必要なものは買えばいいと思うかもしれませんが、買えません。真面目に。
古い機材を何年も使い、不調が出始めても使い、本当に使えなくなってやっと買い替えリストに載る感じです。
既に情報機器の設備に予算を多く出して設備を整え始めている自治体ならまだしも、ろくに設備が備わっていない自治体では予算が足りません。
やりたくてもできない学校が圧倒的に多いと思います。
正直、ICTを活用した授業をするために10万近くするプロジェクターを自腹で買う人が何人もいるレベルです。(知っている範囲で数人います)
パソコンも、1日分のデジカメの写真をファイルに移すだけで何十分もかかるようなものを使っている状況です。
こんなレベルから全授業の動画投稿ができるほどの設備を整えようと思ったら、とてもじゃありませんが予算が足りません。
家庭サイド
こちらも難しい問題です。
私立学校や大学、塾などは教育に金銭的な支援をしてくれる家庭であることが前提になっていることが多いです。
しかし、一方で公立学校にはさまざまな家庭環境の児童生徒が通っています。
実際にオンライン授業を始めた場合、端末の購入費(未所持の児童生徒がいる場合)、通信費、電気代がかかります。
兄弟姉妹がいれば、それだけ負担は大きくなります。
給食費や修学旅行の積み立て費用でさえ払わず、給食を食べさせなくていいとか、修学旅行は休ませるとか言う保護者がいる現状を踏まえると、そういった保護者がこれらの諸費用を授業のために負担するでしょうか。
到底、そうは考えられません。
そうすると、金銭的な理由で義務教育を受けられない児童生徒が出てしまうことになります。
これは、公立学校としては無視できない問題です。
学校ごとの設備の差が出る
金銭的な問題のところでも触れましたが、学校の情報機器は結構性能が低く、数も圧倒的に不足しています。
そもそも、学校は有線LANがメインで職員室のパソコンは机の裏でごちゃごちゃコードにつながっています。
無線LANがついているところもありますが、教室は有線も無線もないことが多いです。(少なくとも、7校に関わってネット回線が教室にあるところは見たことがありません)
こんな状況では、リアルタイムのオンライン授業なんて夢のまた夢ですし、動画投稿の形式でも難易度が高いです。
時代に対応する、という点ではここら辺は予算を何とかつけて設備を整えてほしいところですが、時間はかかると思います。
家庭環境の格差がある
授業用の動画の視聴だけでなく、文部科学省が言っているような課題の配布さえ問題は生じます。
例えばプリントを配布するとして、多くの学校は郵送か家庭訪問することになると思います。
なぜなら、デジタルでは受け取れない家庭があるからです。
埼玉県は防災メール(学校ごとに送信できるメルマガのようなもの)への登録を保護者にお願いしていますが、これの登録さえ100%ではありません。
地域差もあると思いますが、登録が住んでいない家庭を各担任が把握しておいて、個別に電話をかけるような状況があります。
そういった現実を踏まえると、課題の配布ひとつとっても課題が複数出てきます。
セキュリティ上の問題がある
設備の項目で触れましたが、学校が有線LANを好むのはセキュリティを気にしている面もあります。
(正直、今時何を言っているの?という気持ちがぬぐえませんが……)
学校で取り扱う情報は、個人のプライバシーにかかわる重要な個人情報が多く含まれます。(成績、家庭環境、健康に関する情報など)
深刻なものでは、親族の暴力から逃げるために在籍を隠しているケースもあります。
個人情報の取り扱いは年々慎重になり、広報誌やHPの写真に顔が映ってよいか、氏名を掲載してよいかなど、とても気を使いながら情報発信をしています。
これらのことを踏まえると、
- 動画の配信方法
- 撮影場所
- 配信に使うサービス
- 学校のネット環境
など検討事項がいくつもあります。
これらすべてに十分安全であるという保障がされなくては保護者の理解は得られません。
万が一があった場合、その学校は信用を失い、原因を作った教員は処分を受け、最悪の場合子どもに危険が及びます。
学校とネットをつなげるというのは、それだけ慎重になる必要があります。
教員のスキルの問題がある
これについて言及するのは、正直元教員として恥ずかしいですが……
現実問題として、大きいと思います。
教員のパソコンスキルは本当にピンキリです。
最低限の必要な書類を作るためのスキルも怪しい人もいれば、独学でマクロを勉強して新しいシステムを構築して業務の効率化に貢献する人もいます。
この状況で動画配信をしようとしたら、得意な人が苦手な人の分までやるのは目に見えています。
苦手な人が新しく学ぶよりも、得意な人がまとめて動画関係を担い、苦手な人がほかの業務をしたほうが組織としては効率的だからです。
そもそも、苦手な人が1から学ぶ時間がありません。
日々サービス残業をしている状態で、PC教室が空いている時間に退勤して教室に通うというのはあまり現実的ではありませんし、家庭を持っていればなおさら困難になります。
講義形式の授業になりやすい
国の指導方針として、講義形式の授業より、児童生徒の参加型の授業が好ましいとされている流れがあります。
そのため、教師の一方的な講義ではなく、児童生徒の発言を引き出して進めるような授業が求められています。
授業形態は一斉指導であったり、グループ学習であったり、課題によって様々ですが、単純な動画配信では児童生徒の発言を授業に組み込むことはできません。
授業の見た目だけ近代的になって、中身が過去の詰込み型の教育に逆戻りしては、本末転倒な気がします。
学校の授業は、知識を得るだけではなく、学び方、考え方、伝え方など、知識以外のことを習得するための場でもあります。
いかがだったでしょうか。
理想を言えば「私が心配しているような課題が解決し、オンライン授業が1日でも早く普及すればいいのに」と思いますが、新型コロナウイルスへの対応として今すぐ行う内容としては時間が足りないというのが個人的な見解です。
何はともあれ、1日でも早い感染の終息、1人でも犠牲者が少ないことを願います。
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